ちょっとだけ、Waikīkīのお話

世界的にも有名な”ワイキキ”

もしかしたら、オアフ島という名よりも多くの人々に知られているかもしれない。

そんな ワイキキのお話を今日は少し書いてみたいと思います。

ワイキキと言えば、今や多くのホテルが立ち並び、観光地というイメージが定着しています。1901年にワイキキの貴婦人と称されるモアナホテルが開業して以来 1世紀以上に渡り この地の海岸線は観光地として姿を変えて行きました。ハワイの長い歴史から見たら、ほんの125年。観光地化したワイキキは まだまだほんの僅かな期間なのです。

カラーカウア通りにホテルが立ち並ぶ ずっと昔の話。このワイキキという場所は およそ400年近くに渡ってオアフ島の政治と文化の中心でした。

15世紀頃、オアフ島のクーカニロコで生まれ 当時混乱していたオアフ島を繁栄、そして 秩序ある統治を実現したアリイヌイ(最高位の酋長)のマイリクカヒ、彼の時代からカメハメハ1世によるハワイ諸島の統一に至るまでこのワイキキは統治、豊かさ、そして 革新の拠点として栄えていたのです。

ワイキキ・カイ(海側のワイキキ)にはウルコウと呼ばれる場所があり、そこに最初に住んだと言われているのがマイリクカヒ、その後もアリイ(首長)達にこよなく愛されており、サーフィンの名所として人気があったほか、カハロアでは香り高い海藻『リポア』が採れる場所でもあり、海岸沿いにはココナッツの木立が広がっていた場所なのです。

「湧き出る水」を意味するワイキキ。その地名が この場所の物語を語っています。かつてワイキキが 広大な湿地帯でタロイモ畑(ロイ・カロ)や養魚池を潤す真水の湧き水や小川によって支えられていました。クエカウナヒ、アプアケーハウ、ピーイナイオといった小川は、かつてマノアやパロロの水をワイキキへと運んでいましたが、1928年のアラ・ワイ運河建設に伴い、その流路が変更されました。

今日、それらの小川をかつてのような姿で目にすることはなく、ワイキキの大部分は都市開発によって様変わりしてしまいましたが、それでも、ワイキキはこの地の記憶を今も留めているのです。

カイマナ・ビーチの海に立てば、そこは1795年、ヌウアヌの戦いの前にカメハメハがカプア・チャネルを通ってオアフ島に上陸したまさにその場所です。これらは単なる過去の物語ではなく 記憶や「イケ(知識・知恵)」、そして深い意味が幾重にも重なり合った、生きた風景なのです。

現在のワイキキを見たら かつてのワイキキの風景は想像できないですが 私達がHulaを通じて学ぶ多くのMeleの中に残された物語、言葉や歴史、祖先の残してくれた書物やMana、それら一つ一つが私達のイケとなり それらをフラを通して伝えて行く、その為には多くのイケを持たないといけない、学び続けないといけない・・・

そう、知る事、学ぶ事こそが フラダンサーのクレアナ(責任)なのです。

今日はちょっとだけ、ワイキキのお話を書いてみました。普段何気なく通り過ぎている場所でも 実は凄い場所だった~なんて事もあるのがこのワイキキのエリア

是非ワイキキに滞在した時には 色々な場所へ行き そこに吹く風を感じてみてくださいね。

良い週末をお過ごしください♡